そのとき僕には「信じろ」って聞こえたんだ

 あれは今から10年以上前の話だ。詳しい日付は覚えていないが、学生服を着ていたので僕がまだ中学生だったころの話だ。


 残暑も終わり、空が高くなった秋の頃だった。その日は午後から突然雨が降った日で、突然の雨に傘も無く、学校から駅までの15分という長い道のりで、かなり濡れてしまった。
 帰りの電車内で、「濡れたからちょっと寒いな、女心と秋の空っていうけど本当に天気が変わりやすいなあ。」 とか考えていた。 男子校だから女の子なんぞ近くには全くいなかったころの話だけど。

 その日のことを思い出そうとするとそういうディティールばかり思い出されてくる。


 そんな事を考えていると電車が駅についた。 近くに大きな霊園があり、土日、お彼岸以外は静かなところだ。 いつもと変わらない駅を取り巻く静かな空気、僕はいつものように電車を降りた。


 そのときに彼が来ていてくれたら、または、体が冷えていた事に気が付いていたらと今になると思う。 そんな未来からの願いも届かずに、僕は秋雨のなかを小走りに急ぎながら家に向かった。 霧雨から雨にかわり、濡れながら早足で歩く僕の中に、彼が、、突然現れた。軽快な叫び声とともに。


  「I’mスキャットマ〜ン」



 そう、唇を振るわせるだけでミリオンヒットを成し遂げた男 スキャットマン=ジョンその人だ。 今日は僕をスキャットさせるために現れたのだった。 猛烈な勢いで得意のスキャットをかき鳴らす彼が現れたとき、駅のトイレからずいぶん遠く離れていた。


 駅には戻れない、しかし霊園入り口には公衆便所があることを思い出した。汚くて紙も無く、いつ通っても使用者のいない謎のトイレだったが、今の僕には聖地であり天国だった。そこなら間に合いそうだった。
 強烈なスキャットに激しい運動が重なればあっという間にダムが決壊しそうで、濡れているのが脂汗なのか雨なのか判らないまま、お腹を押さえゆっくりと歩く僕は、他の人からは奇異に見えていたとおもう。


 霊園入り口を目の前にして赤信号で止まっているとき、「あとすこしだ・・・」そう思った瞬間に、緊張の糸が切れた。
ビーバッパパラッ


「ぷ〜」


スキャットマンが一声だけ洩らし沈黙した。 
スキャットマン一発屋だった。急激に上ってきた時と同じように、あっという間にオリコンランキングから消え去っていった。


 一瞬のフィーバーだったのだ。するとさっきまでのランキング1位だった聖地が、ただの汚いトイレに見えてきた。僕は青になった信号を渡り、今日も人気の無い公衆便所を横目に家へ向かった。耐え切った僕が誇らしく、今の気分にぴったりな同じく一発屋の大事マンブラザーズバンドを口ずさみながら。 次は「愛は勝つ」でも歌おうかなんて思っていたら、スキャットマンが新曲を引っ提げて舞い戻ってきた。


「プッチンパポペエビリバディプリンプリン」


 プッチンプリンのCMソングという大きな波に乗って。ただの一発屋では無かったと気がついた時にはもう遅かった。今回はCMタイアップという事でゲストにオルドマン、クーパー、ムーア、グッドリッチといった大物を連れていて、再度のフィーバーに対する意気込みがひしひしと感じられた。


 ♪負けないこと逃げ出さないこと投げ出さないこと信じぬくこと駄目になりそうなときそれが一番大事〜
スキャットマン+4人のゲーリーに 大事マンブラザーズバンドで必死に対抗する僕。


 家まではもう50メートルも無い。一歩一歩荒波を乗り越え近づいていく。腹の中ではスキャットマンWithGが暴れまわり、頭の中では大事マンブラザーズバンドのただ一節のフレーズが延々と流れ続けていた。


自分に 「負けないこと」
自分から「逃げ出さないこと」
自分を 「投げ出さないこと」
自分が 「信じぬくこと」
それが一番大事なのだ


 自分を信じろ 信じろ 信じろ 最後にはただそれだけを思っていた。
僕は勝った。家ににたどり着いた。
ドアを開けようと鍵を入れてまわす。うまく開かない「またか、、」と思った。


そのとき僕には
        「Believe!!」
                って聞こえたんだ。。。


 それは僕の頭の中の声ではなく、気持ち斜め後方から音として聞こえた。
信じる事を止めたその一瞬に、その大切さをスキャットマン=ジョンが英語で体現してくれたのだった。


U-badabadabada-dbo-dbodonn-dodiyodibonbon-badabaa-dboーdbodo-abadadbodonn-dodiyodibonbon-badabaa-dbo-dbodo-abadbad-dodiyodbodonn-dodiyodibonbon-badabaa-dbo-dbodo-abaddibonbon・・・・・


 Believeの一声と共にいつ終わるとも知らないスキャットゲーリーと共にあふれ出していた。


 その後のことはあまりよく覚えていない。僕のママンが「やっぱり体調とか・・・、お弁当がいけなかったのかしら・・・」等必死でフォローしてくれていたように思う。


 僕の話はこれでおしまいだ。 今では信じぬくことがいかに大事なことかと、一瞬の判断ですべてが変わる事実をミをもって教えてくれたスキャットマンジョンに感謝している。その後制服のズボンは買い換えを余儀なくされたことも書いておこう。